がん闘病記 40歳3児の父の記録

縦郭腫瘍 なかでも極めてまれな悪性の胚細胞腫瘍を発症 これからのためにとにかく記録を残そうと思った

2月17日

久しぶりによく眠れたように思う

起きて数分、病気のことを忘れることができた  しかしすぐに現実へ引き戻される
 
8時30分の受け付けに間に合うよう車で大学へ向かう
電車の方が便利なのだが、今は絶対に感染症を起こすわけには行かない
人混みを少しでも避ける意味で車を選んだ
 
早すぎもせず、遅すぎもしないちょうど良い時間に到着できた
総合受付を済ませ呼吸器外科外来へ
 
待っている間に裕美も到着した
やはりいてくれるだけで心強い
 
肺機能の検査やレントゲンなどを済ませた後診察室へ
 
ひと通りの問診の聴取の後本題に入る
自分でも思っていた病状と理解はほぼ同じであった。
 
縦郭原発の非セミノーマが最も疑わしい。治療の中心は化学療法。いわゆる抗がん剤による治療だ。これがうまく奏功すればその後の手術によって治癒の可能性も出てくる。奏功しなければ厳しい。そういった現状である。
 
生検の必要性については悩ましいところであるが、基本的に勧めたいというスタンスのようだ
自分としては、生検不要という古い総説をみてしまっていたことから、一刻も早く化学療法を始めたいという希望を伝えた
 
こちらも医師で、とりわけ胚細胞腫瘍は泌尿器科が本職というところもあり、少し気を遣わせてしまったように思う
 
呼吸器外科の役割は化学療法後の手術にあり、化学療法は腫瘍内科で実施されるとの事であった
生検の要否については腫瘍内科の診察に持ち越す形となる
 
採血後、食事へ向かう途中で泌尿器科准教授の猪口先生に偶然遭遇した
事情を説明し、近いうちに入院することになるであろうと伝えた
 
大学勤務中1度も立ち寄らなかった外来棟1階のレストランへ
値段はそれなりなので日常的な昼食にはやや向かないが、味は普通に美味しかった
裕美はいつもの食欲はないものの、好物の天麩羅を美味しそうに食べていた
 
腫瘍内科の診察室へ
生検について相談する
担当の土橋先生も勧めたい所であるが強くは言えず1度退室している間に電話で相談して頂いた
 
1内科の草場先生と猪口先生に電話されたとの事
やはりどちらも生検を勧めるという意見であった
自分としてもどちらがいいのか分からなかったが、皆が勧めることと、報告よりAFPがかなり低いこと、などから生検の意義もあるのではないかと考えるようにした
 
1番の希望である可及的速やかな治療開始について、腫瘍内科のベッドが準備できるのに10日ほどかかるとのことであった
泌尿器科ならもう少し早く入院できるかもということであったが明確なことは決まらないままとりあえず連絡待ちということで診療は終了となった
 
保育園に預けている雫のお迎えを母に頼んでいたが、あまり長い時間預けるのも気が引けたため帰路に着いた
途中猪口先生から電話があった
 
泌尿器科で早めの入院をさせてもらえることや生検やMRIなども入院中に考慮してもらえると連絡があった
 
どの道治療は次の週からになるが、日程がはっきり決まったことで自分も裕美も少し気が楽になった
 
雫を城西の実家に迎えに行く
特に泣いたりすることはなくおとなしかった様子
 
母は黒崎の職場に行っていたのだが、急遽迎えに行ってもらった形になり、次からは連絡しておけば朝から預かってくれるとの事だった
 
帰ってから夕食をとり、気分転換にジムのシャワーを浴びにいかせてもらった
 
その後少しの間家族団欒を楽しみ床についた