がん闘病記 40歳3児の父の記録

縦郭腫瘍 なかでも極めてまれな悪性の胚細胞腫瘍を発症 これからのためにとにかく記録を残そうと思った

幼稚園の誕生日会 冠作り

毎年恒例行事なのだが、娘が通っている幼稚園で2か月ごとに誕生日会がある
娘は二人とも8月生まれで、9月に8,9月合同の誕生日会がある

金色の厚紙が支給され、オリジナルで冠を作って会に臨むというもの

毎年、我が家は冠に結構凝っている
私が凝り性なのだ

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人と違う一風変わった冠を作りたい欲求に駆られてしまう

↑これが2年前の作品

 

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↑ これが去年の作品

 

今年は、ちょうど入院中なのでさすがに無理かと思ったが、妻ができるでしょ との一言で材料や道具を差し入れてくれた

時間はたっぷりあったのでいい暇つぶしになった

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娘たちに渡したら、とても喜んでいていてくれたとのこと
作ったかいがあったというものだ

九州大学病院へ転院

起きて呼吸状態を確かめるのが日課となっている

悪化はない
そう感じて安心する

製鉄病院にこのまま入院しておく手もあるのだが、色々考えて転院することにした

朝ゆみが来て準備を手伝ってもらう

1番のメリットは仕事を離れられること
同じ病院に入院しているとやはり何かと仕事の話は舞い込んでくる

車で大学へ向かい、母親にも来てもらって子守りをたのんだ

直接病棟へあがり担当から軽い説明をうけた
前医の認識とほぼ同じであることを確認した

血液ガスや採血をうけた

酸素化はかなり良くなっているようでホットした
レントゲンは実物は見せてもらっていないがこちらも改善しているとのこと

一時は命の危険も頭をよぎっただけにこの結果は嬉しい限りだ

順調にいって1ヶ月程度の入院、社会復帰まではもう少しかかる見込み
もちろん急変の可能性が消えた訳では無いが、かなり希望がもてた気がする

今回もなんとか乗り切って幸せをつかみたい

ステロイドパルス3日目終了 残念ながら効果はいま一つ

じっとしていることもあって、呼吸苦は軽度で増悪はそれほど感じない

ステロイドパルスが3日間終了し、レントゲンを撮影した

 

結果、明らかな変化はなし

採血上LDHが若干低下しているのが唯一の救いといえそう

 

残念ながらステロイドの効果は乏しいのかもしれない

予後の悪い薬剤性肺炎の疑いがますます高まってくる

 

色々調べてみたことを聞いてみた

①明日からステロイドの内服に変わると思うが、それ以外にできることはないのか

 

抗繊維化薬のピルフェニドン、ニンテタニブ 作用機序から考えると効果がありそうに思えたが、急性期のエビデンスはないとのこと 

現状投与は難しいという回答

 

好中球エラスターゼインヒビターのシルベスタット 

最近はARDSのガイドラインでもルーチンの使用は勧めていないため、メリットは不明確とのこと デメリットもそこまでないようであるが、、、

しかし、挿管管理状態でないと投与できないとのこと

 

②重症化した場合の人工呼吸管理に加え、PMXやECMOの使用について

PMXは物理的に行うことはできるがやはりエビデンスのある方法ではなく、救命がむつかしいと感じた時にイチかバチか といった位置づけのよう

ECMOは今の病院では現実的にむつかしいそうで、ここまで必要になる場合は九大病院などの大きな病院に優位性があるそう

 

③肺移植について

あまり詳しくはわからないそう

基本的に慢性期に考える治療と 急性期に実施しているかどうかはわからない

 

とのことであった

 

実際この病院でも九大にうつってもステロイドを投与しながら急変に備えるという治療は同じになりそう

メリットとしてはECMOくらいか、、

 

ただ、この病院は職場でもあるため、ここに入院している限りなんらかのいざこざは絶えないように思う

環境を大きく隔離したほうが心労は減るように思う

 

子供達には今まで通り幼稚園や習い事は続けてほしい

そうなると福岡になるので九大病院のほうが近いといえば近いのだが、どのみち面会禁止となっていて大きな違いはないだろう

 

明日の朝まで考えて転院を申し出ることにしている

 

予後不良といわれる縦郭原発セミノーマ胚細胞腫瘍 という難病を乗り切って最高の結果を得たと思った矢先、、

多いとはいえ稀な合併症で再び窮地に立たされるとは思ってもいなかった

 

あらためて自分が生まれてきた星の不運さを感じずにはいられない

 

しかしまだ生き残る可能性がないわけではない

 

助からないかもしれない、重い障害が残るかもしれない

そんな不安は付きまとうが、どんな状態でもとにかく生きてかえる

家族との幸せな日常をとりもどしたい

 

治療の成功を祈るばかり

薬剤性肺障害で緊急入院 致死的な恐れあり

数日前からなんだかきついとは思っていた

特に息切れや呼吸苦を自覚するようになり、外来で体の酸素化を測る機械をつけてみたところ、、、

 

93% 

 

やはり異常に低い

 

すぐに胸部レントゲンを撮影してみたところ、肺が全体に真っ白であった

 

呼吸器内科の医師へ連絡し、診察をうける

CTをとって唖然 自分の肺かと疑いたくなるほど肺全体が真っ白なのだ

 

コロナ感染なども完全に否定はできないようだが、病歴から一番に疑わしいのは薬剤性肺炎

2月末から多量の抗癌剤を投与し治療してきたからだ

最後の投与は5月中旬 1か月程度経過した時点で可能性は高くないと思っていたのだが、調べてみると数年にわたり発症のリスクはあるらしい

 

8月初旬に再発チェックのCTを撮影した

明らかな再発はなかったのだが、肺に網状影が散見されていた

術後の変化かと思ってあまり気にしてなかったのだが、どうもこれが薬剤性肺炎の兆しだったようだ

LDHという検査項目が上昇していたのもこのせいであろう

 

DADパターンという予後の悪い状態が疑われる 正確な数値はわからないが致死率も高いらしい ものによっては80%と書いているものもある

 

コロナウイルスのほうがまだましだった しかしほかの検査所見や経過から否定的らしい

 

緊急入院し、ステロイドパルスを受けることにした ほかに治療法がないのだ

しかし、2回の投与が終わった現在、明らか変化は感じない

 

急速に進行した場合、挿管や人工呼吸などの補助が必要になるかもしれず、そうなると家族との別れを惜しむ時間すら与えられないかもしれないのだ

ある意味癌よりよほどたちが悪いかもしれない

 

せっかく癌の治療経過が申し分なかったというのに、やや多いといっても比較的まれな合併症をひいてしまうとは、、ついてない

 

むしろ、喫煙歴があって、別の化学療法(VIP)をしていたほうが結果的によかったであろう

今となってはだが、、

 

今年の5月に縦郭腫瘍のまとまった論文がでていて、それによると私が受けたBEPは肺合併症が無視できないのでVIPを採用するべきと書かれている

まあ、まだまだエキスパートの間でもBEPを1stに考えている医師が多く、この事態を懸念してVIPで というのはよほど強く申し出ても無理だったかもしれないが、、

 

希望的な材料として、年齢が若く予備力は高い方だと思う

障害が残るとしても、今期強く粘っているうちに回復してくれないだろうか

致死率が高いといっても生還する人間もいるので希望がないわけではないと思う

 

こればかりは自分でできることはわずかで、天に祈るしかないのだが、、

 

何とか生還して家族と幸せな時間を取り戻したい

治療の成功を祈るばかりである

しびれ変わらず

毎朝起きるたびに手足の感覚を確かめるのが日課のようになってしまった

目立った悪化はしていないように思うが改善もしない

腕を伸ばすたびに気持ちの悪いしびれが走る感覚がある

 

とくに何かができなくなるということはないのだがやはり気持ちが悪い

おさまってくれるのが一番いいのだが、やはり念のためMRIは撮っておこうと思う

 

まだ外部からの紹介を受けていないので、仕事量は少ない

特に何もする時間も多く、体力的にきついということはないが、手の感覚がこれでは手術を自分でするのは厳しいだろう

 

去年までの自分のように手術を一手に担当する部下がいないと、これまでのような業務体制は難しいだろう

 

長女がかよっている公文で、学習が進んでいる生徒にオブジェが送られるそうだ

長女は結構頑張っていてもうすこしでもらえそうということで、担当の先生も張り切っているらしい

引っ込み思案なところが少し心配な子だったが、こういうことが自信につながってくれると嬉しい

九九が言えるようになることが条件で、一生懸命覚えているとのこと

週末帰ったら手伝ってあげようと思う

 

何気ない日々がずっと続くことを心から願う

両手のしびれ持続 子供の夏休みはもうすぐ終了

今週から幼稚園が始まるということで、家族は小倉の自宅から福岡へ戻った

それにあわせ、ここのところ小倉の実家から職場へ通っていたが、黒崎の部屋へ戻ることになった

 

手のしびれはあいかわらず良くも悪くもならない

末梢の問題だとは思うが、中枢への転移再発といった最悪の原因のことをどうしても考えてもやもやしてしまう

今のところ感覚の障害のみで運動機能への影響や麻痺、反射の亢進はみられない

 

やはり抗がん剤による末しょう神経障害であろうか それならば全く心配ないのだが、出現時期が非典型的なところが気になる

 

念のため頸椎、腰椎のMRIを行うこととした 予約はかなりいっぱいで、取れるのは再来週の月曜日になった

 

その前の土日に太田家と旅行に行く予定がある

丁度よいかもしれない

 

悪い結果が出た場合は旅行どころではなくなるからだ

 

幼稚園は木曜日からなのだが、公文などの習い事がお盆休み明けで再開するようだ

正直、幼稚園に行かせられないとなると、子供三人を一人で家で面倒見ることになり、これはかなりの重労働だと思う

とはいえ今年の夏休みはかなり短い

始業が大幅に遅れたせいで、夏休みは全部で2週間ほどだ

 

これが小学校ならカリキュラムのノルマがあって大変だっただろう

 

とにかく色々心配しても仕方ない

残存腫瘍がない場合の予後はかなりいいという報告を信じて普段はあまり気にせず業務に専念するよりない

 

長期間いい状態が続き、家族と過ごしていきたいと思う

気になる手足のしびれ

仕事開始から1か月が経過した

紹介を制限していることもあり、ゆるやかなペースで仕事ができるのはありがたい

9月からは外部からの紹介も受けるようにする予定で、そうなるとだんだんと忙しくはなっていくだろう

 

2週間くらい前から両手のしびれを感じるようになった

常時しびれているというわけではなく、手を背屈させて伸ばすときにびりびりとした違和感を感じるのだ

いまさら化学療法の副作用とも考えにくいし、気持ちが悪いのだが、とりあえず日常生活には支障がないので少しを様子をみることにする

頸椎や脊髄への転移という考えがちらっと頭をよぎったが、それはないと信じたい

 

お盆で子供たちの幼稚園や習い事が休みになっているので、妻と子供は妻の実家へ帰省している

私の職場とも近いのでここ数日は妻の実家に世話になっている

お義父さんがお酒好きなこともあり、夜はいつも宴会のようになって楽しい

一つ難点をいうと、妻と義母がよくケンカして雰囲気を悪くすることだ

 

いつもはママ友からの評価におびえ多少謙虚にしているが実家に帰るととたん増長し誰に対しても物怖じしなくなる そこに家族と衝突するのだ

そこだけはなんとかしてほしいと思うが、幼稚園が始まらないことには改善しないだろう

 

術後2か月が経過した

このまま何事もなく娘の成人まで生きていられるよう願うばかり