がん闘病記 40歳3児の父の記録

縦郭腫瘍 なかでも極めてまれな悪性の胚細胞腫瘍を発症 これからのためにとにかく記録を残そうと思った

2月20日 検査受診

ようやく大学で検査する日となった
PETと心臓の超音波である

午前中に腫瘍内科の先生から電話があり、入院中に予定していたMRIがとれるようになったとのこと

性腺外の胚細胞腫瘍の場合、精巣に発生した腫瘍が自然に消失してしまう現象が稀にあるためだ(burn outという)

CTで病変が無かったため、正直あまり重要とは思えず入院してからでもいいかと考えていたので撮れてよかったと言うよりは少し面倒だという思いの方が強かった

幼稚園へ送り出した後、雫を城西の実家で預かってもらうことに
少し鼻水が出ていて警戒したが熱はなく元気そうであった

少し早めに病院に到着し、心エコー、MRIと受付したが、どちらも待ち時間が長く間に合わないので先にPETに行ってくれとのことであった

仕方ないので泌尿器科の外来に行き、入院の問診と誓約書の受け取りのみ済ませてきた

PET検査に向かう
注射1時間後の撮影と言うのはきいていたが、1時間別室で安静待機の必要があるそうで、その後の撮影も含めると2時間くらいかかるとのことであった

テレビを見ながら1時間過ごす
新型コロナウイルスが九州で初めて確認された話題でもちきりだ

感染症をきたすことは自分にとって致命的だ
化学療法の副作用で強い骨髄抑制が必発し、感染に対する抵抗力が極端に落ちるからだ

投与間隔を遵守した治療が何よりも重要であるため、接触者に陽性がでたというだけで潜伏期間が過ぎるまで化学療法が開始できないという事態も起こり得る

どうにか早く収束してほしい

PETの撮影は30分程であったが、検査の進捗が全くわからずなかなかに辛かった

その後MRI、心エコーと済ませ会計へ
どこもそれなりに待たさせるが何とか16時過ぎに病院を出ることが出来た

まず雫を迎えに行き、その後幼稚園へ

母がたくさんの料理を用意してくれていた
折角なのでみんなで頂くことにした
公文の日であったが、公文はかなり短い時間でお願いすることにした

18時過ぎに再び実家へ行き、ご飯をご馳走になった
鶏肉の煮付けや厚揚げ、たけのこご飯などどれもとても美味しく、懐かしい味がした
裕美も子供たちも美味しそうに食べ、特にみおりは厚揚げを5個くらい食べて満足そうであった

家に帰り、入院の準備をしてる間に裕美が子供たちを風呂に入れる
疲れたようで風呂を上がってみおりと雫はすぐに寝てしまった

泌尿器科の同期へ電話した
自分が入院することは聞いているが、気が引けてカルテは見ていないそう
担当は4月以降も大学に残る人間になるとの事

早く治療を始めたい希望を伝えた
担当医は了承してくれたそうだが、病棟の師長がもういないため確認は持ち越す事に

猪口先生が筑波大学の先生に連絡してくれているということを聞いた
BEP以外の化学療法で始まる可能性があるのだろうか
可能性としてはファーストラインとしてTIP療法という臨床試験をしている話は聞いているが、結果がどうかは知らない
何にしても自分でウェブフォーラムなどを利用するつもりもあったが少し心強かった
上手く連携が出来ていてくれるとなおありがたい

裕美と少しの間一緒に寝た
明日からしばらく家には帰ってこられないであろう

治療が上手くいくよう祈りながら眠りについた